Home / ファンタジー / 蛇と桜と朱華色の恋 / 結 菫色の春薫る隻腕の妻神 + 3 +

Share

結 菫色の春薫る隻腕の妻神 + 3 +

last update Last Updated: 2025-06-25 06:54:12

  * * *

 裏緋寒となった里桜が竜頭を選び、彼もまたそれに応えたことで竜神は完全に覚醒した。集落の結界は強化され、渦巻いていた瘴気も浄化された。また、代理神が廃されたことで代理神に仕える桜月夜の役割も終わり、彼らは自由の身となった。

 幽鬼と火の女神の息子だった颯月は至高神に従い、土地神として新たな集落を築くため、竜糸を去った。想いを寄せていた少女が、竜神と添い遂げるのを見届けることなく。

 前世の記憶を持っている星河は竜頭が完全覚醒した後も神殿で御遣いとして生きる少女、雨鷺の傍にいることを選んだ。桜月夜の位を返還した星河は、一神官に戻り、雨鷺とともに自分たちを巡り合わせてくれた竜神の元に仕えている。

 人間に身をやつした亡き集落の雷神だった夜澄は、まだ、この先どうすればいいのか、何も考えていない。

「いつまでそこで立ち止っておる」

 昏々と眠りつづける朱華の手を握ったまま、夜澄は声のする方へ、険悪そうな視線を向ける。

「……何しに来た」

「神々に愛された娘の様子を見に来るのに、何か問題でもあるのかえ?」

 朱華の面倒を見ているのは雨鷺と氷辻。雨鷺が来るときは星河が付き添い、氷辻が来るときは、どういうわけか至高神が憑いてくる。ほんのひとときの憑依だからか、神殿に仕える他の人間は気づいていない。竜頭だけは知っていて黙っている気がするが……

「言いたいことはそれだけか?」

 呆れたように夜澄が言い返すと、ふんと可愛らしい声をあげながら至高神が言葉を返す。

「おぬしが素直じゃないからいけないのじゃ。妾なら朱華を目覚めさせることなど簡単にできるのだぞ? ほれ、跪いてみるがよい。愛する娘を救いたいのだろう?」

 こっちはいつ頭をさげて頼んでくるか楽しみにしておるというのに、ずっと手を握って祈ってるだけのおぬしを見るのはいいかげん飽きてきたのだとあっさり告げて、至高神はニヤニヤと笑う。自分の母神でありながら、この性格の悪さには辟易してしまう夜澄である。

「――俺が頼めば、朱華(あけはな)を起こすだと?」

「おぬし
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 蛇と桜と朱華色の恋   結 菫色の春薫る隻腕の妻神 + 4 +

     朱華はうたうように神の求婚に応え、彼の唇を奪い取る。  気づけば至高神の気配は遠のき、氷辻の姿も消えている。夜澄は時を止めるかのような長い口づけを夢のように感じながら、舌先を転がしていく。  そのまま、朱華が恍惚とした表情で夜澄を受け入れるのを確認してから、未晩が刻みつけた接吻の痕を消毒するようにひとつずつ、舐めとっていく。「っふ、あ……んっ。夜澄……」 青ざめていた表情には朱が戻り、自分を呼ぶ声にも艶が混じる。どこか非難するような彼女の声を無視して、夜澄は傅くように、口づけを贈りつづける。  やがて、蝶が蜜を求めるように身体中を廻った夜澄の唇は朱華のそれへと再び舞い戻る。  衣を乱されながら全身に口づけを受けた朱華は、それだけで自分の蜜壺が潤ってしまったことに気づき、恥ずかしそうに顔をそらす。「……だめ、そこは」 「濡れたのは、俺だからだろ?」 無言で認める朱華の髪を愛おしそうに撫で、夜澄はもう片方の手でしっとりと濡れそぼった秘蜜の花園へ指を進めていく。先ほどまで死んだように眠っていたというのに、まるで春の訪れによって芽吹いた花木のように、朱華の身体は敏感に反応している。「うん……夜澄だから」 未晩に触れられたときはけして受け入れようとしなかった蜜口も、いまはとろとろだ。  幽鬼となった彼が水晶で強引に押し入れられて自衛するようにすこしだけ濡れたが、それは生理的な現象に近くて、快楽を伴う愛液ではなかった。だから彼に裸に剥かれて唇や手や道具で全身を触れられても……ぞわぞわした感覚だけに苛まれて最後まで桜蜜を分泌させることができなかった。 それなのに、夜澄に触れられると、繋がる前から溢れるように朱華の身体はあまいあまい蜜を生み出すのだ。  至高神に認められた今、このまま夫婦神の契りを結べば、さらに快楽に溺れる身体へ成熟し、やがては神との子を孕むことになるのだろう。「そうだ。俺だけを感じろ……未晩の痕は快楽で上書きしてやる。何度でも刻みつけて、貫いて……」 「あぁっ!」 「お前のすべてを俺がとろとろに蕩かしてやる。だから

  • 蛇と桜と朱華色の恋   結 菫色の春薫る隻腕の妻神 + 3 +

      * * *  裏緋寒となった里桜が竜頭を選び、彼もまたそれに応えたことで竜神は完全に覚醒した。集落の結界は強化され、渦巻いていた瘴気も浄化された。また、代理神が廃されたことで代理神に仕える桜月夜の役割も終わり、彼らは自由の身となった。 幽鬼と火の女神の息子だった颯月は至高神に従い、土地神として新たな集落を築くため、竜糸を去った。想いを寄せていた少女が、竜神と添い遂げるのを見届けることなく。  前世の記憶を持っている星河は竜頭が完全覚醒した後も神殿で御遣いとして生きる少女、雨鷺の傍にいることを選んだ。桜月夜の位を返還した星河は、一神官に戻り、雨鷺とともに自分たちを巡り合わせてくれた竜神の元に仕えている。  人間に身をやつした亡き集落の雷神だった夜澄は、まだ、この先どうすればいいのか、何も考えていない。 「いつまでそこで立ち止っておる」  昏々と眠りつづける朱華の手を握ったまま、夜澄は声のする方へ、険悪そうな視線を向ける。「……何しに来た」 「神々に愛された娘の様子を見に来るのに、何か問題でもあるのかえ?」 朱華の面倒を見ているのは雨鷺と氷辻。雨鷺が来るときは星河が付き添い、氷辻が来るときは、どういうわけか至高神が憑いてくる。ほんのひとときの憑依だからか、神殿に仕える他の人間は気づいていない。竜頭だけは知っていて黙っている気がするが……「言いたいことはそれだけか?」 呆れたように夜澄が言い返すと、ふんと可愛らしい声をあげながら至高神が言葉を返す。「おぬしが素直じゃないからいけないのじゃ。妾なら朱華を目覚めさせることなど簡単にできるのだぞ? ほれ、跪いてみるがよい。愛する娘を救いたいのだろう?」 こっちはいつ頭をさげて頼んでくるか楽しみにしておるというのに、ずっと手を握って祈ってるだけのおぬしを見るのはいいかげん飽きてきたのだとあっさり告げて、至高神はニヤニヤと笑う。自分の母神でありながら、この性格の悪さには辟易してしまう夜澄である。「――俺が頼めば、朱華(あけはな)を起こすだと?」 「おぬし

  • 蛇と桜と朱華色の恋   結 菫色の春薫る隻腕の妻神 + 2 +

       * * *  眠りつづけていた竜糸の土地神が起きたことで、代理神は廃された。今回の件は里桜の養い親である逆井一族の手によって神皇帝へ伝えられ、里桜は表緋寒の称号と逆井の姓を取り上げられた。その代わりに竜糸の裏緋寒……竜頭の花嫁候補として、彼女は竜糸の地に留まることを認められ、いまは神殿で加護術の復習に勤しんでいる。「ところで、颯月が火の女神の息子って、竜頭さまも知ってらっしゃったのですか」 「まさか。眠っておる間に他の集落で起きた出来事まで、我は知らぬ」 「だから夜澄も知らなかったのかしら……まさか至高神についていくとは思わなかったわ」 里桜のなかに至高神が入ったとき、未晩に縛された颯月の動きは完全に止められた。同族という絆で颯月をみていた幽鬼と血族という絆で颯月をみていた至高神。颯月のなかには幽鬼だけではない、至高神の血が一緒に流れていた。だから、至高神は彼を止めることができたのだろう。 幽鬼が朱華の左腕とともに冥穴へ堕ちたのを見守って、至高神は姿を消した。その際、颯月がついていったのだ。瞳を金糸雀色へ煌めかせ、里桜にだけ「さよなら」と微笑んで。「あれは『神成』という特殊な術だ。冥穴を呼び起こし、そこへ幽鬼を封じることで、ひとつめの術……幽鬼が隠し持つ悪しき気の浄化が完成する。ふたつめの術……至高神のもとで修行することで手に入る土地神の資格と言い換えてもいい……それが完成するかは彼次第だろう。至高神がそれだけ孫である彼を放っておけなかったんだ。幽鬼にも神にもなれず人間として桜月夜に仕えることとなった彼のことだ……今回のことで責任も感じているはずだ」「……でも、颯月は未晩に利用されたんでしょう?」 「だが、裏緋寒の番人が押さえていた闇鬼を幽鬼としたきっかけを与えてしまったのは事実」「……」 黙り込んでしまった里桜に、竜頭が困惑した表情を向ける。「里桜は、なぜ颯月が桜月夜になろうとしたか、知っているか」 「至高神のお告げじゃないの?」 彼は二度三度と祖母にあたる至高神に助けられているという。きっと、最初に逢ったときに、竜糸

  • 蛇と桜と朱華色の恋   結 菫色の春薫る隻腕の妻神 + 1 +

     朱華が自らの左腕を犠牲に幽鬼を地獄へ落としたことで、おおきく口を開いていた冥穴は一瞬で姿を消した。おびただしい量の失血に顔を真っ青にしていた朱華は、里桜に止血のための加護術を施してもらい、一命を取り留めたが、緊張の糸が切れたからか、あれから二日間眠りつづけたままだ。「……で、至高神はなんておっしゃっていたのですか」 「約束の花残月の朔日は”問題なく”訪れた。彼女へ茜桜が与えたちからを総て返却いたそう」 幽鬼を退けたことで、竜糸の危機は一時的に去った。里桜は烏羽色の髪に茄子紺色の瞳という『雲』の姿のまま、竜頭の傍にいる。黒檀色の髪に榛色の瞳を持つ竜神は面倒臭そうに応えると、室の向こうで寝台につきっきりの兄神に声をかける。真名を呼ぶと怒られるため、結局竜頭も彼のことを夜澄と呼ぶことで落ち着いている。「夜澄、入るぞ」 振り向くこともせず、夜澄はぶつぶつと呟きつづけている。 「強い気配は、彼女のなかに溢れている。茜桜のちからも還ってきている……」 「それは、我も感じる」「――ならばなぜ、朱華(あけはな)は起きない?」 神殿の離宮に準備されていた裏緋寒のための室で、夜澄は自分を責めるように昏々と眠りつづける朱華をじっと見つめていた。絹の衣に着替えさせられた彼女の素肌に刻まれた幽鬼の接吻の痕は、いまも色濃く残っている。未晩に襲われている間、彼女は何を想ったのだろう、戻ってきたばかりの記憶を宥めることで、気が狂いそうになったのを必死に堪えたのかもしれない。未晩に屈していたのなら、夜澄たちを待たずにすべてを投げていただろうから……考えるのも忌わしくなり、夜澄は首を激しく左右に振る。「至高神に預けたままの状態で、ちからを暴発させたからじゃないの? それか、真実の記憶と向き合っているとか……」 焦燥しきった表情で問い詰める夜澄に、里桜が応える横で竜頭もぼそりと呟く。「幽鬼に殺されたお前を甦生させた彼女が、雲桜の滅びを招き神官の父に殺されそうになり逆に殺してしまったという重たい過去を、完全に受け止めるまでは、起きないかもな」 「……ああ」 夜澄が呼び戻した

  • 蛇と桜と朱華色の恋   伍 真朱に染まる蕾たちの選択 + 14 +

     至高神を召喚したいま、朱華は自らのちからで浮遊することができない。だが、誕生日が訪れれば、茜桜が生まれたときに授けてくれたちからを至高神が返却してくれる。神々の約束は絶対である。 そうすれば彼女は自分でこの穴から抜け出すことが可能になるのだと暗に告げ、挑むように菫色の瞳を輝かす。「……一晩か。幽鬼に逆襲されるには充分な時間だと思うがの」 冷静な至高神の応えに、幽鬼が同意する。一糸まとわぬ姿で桜の木にぶら下がったこの状態で一晩をやりすごすというのは朱華が体力を削り、自分がちからを回復させる可能性を高めるだけだと言いたそうに、首を振る。  その瞬間、桜の枝が軋み、ぐらり、と朱華の身体が揺らぐ。里桜の神術で桜の幹を太くはしたものの、もともと桜の木は折れやすい。朱華と未晩がぶら下がって体重をかけているのだからいつぽきりと折れてもおかしくはない。「あけはな!」 悲痛な夜澄の声を無視して、朱華は笑う。 「そうですね。一晩は無理。ならば、あたしがいますぐ終わらせましょう」  そう言って、至高神に目くばせする。天色の瞳は、わかっておると、頷き返す。 「korsokkarne kor kamui posomi sapte――最も尊き神剣よ……」  ――茜桜、帰蝶さま、ごめんなさい。あたしが無知だったから、故郷を滅ぼす原因を作ってしまった。幽鬼を集落に、招いてしまった。  けれど、あたしがしたことは間違っていない……と思う。あたしが甦生術をつかわなかったら、夜澄は……あたしにとってのかけがえのないひとは、いま、ここにいないのだから。 「朱華、何をする気だっ!」  幽鬼が抗うのも気にせず、朱華は長い詠唱を朗々とつづける。白銀の輝きが天から舞い降りる。至高神が宿った里桜の両手には、三日月のような鋭く美しい剣が編み出されていた。 「師匠、ごめんなさい……ありがとう」 幽鬼になってしまった未晩に、朱華は小声で呟く。  突然注がれた言葉と、突き放

  • 蛇と桜と朱華色の恋   伍 真朱に染まる蕾たちの選択 + 13 +

     里桜はあっさり剣を投げ捨て、声を張り上げる。その声につづくように、朱華が詠唱に重なる。  表裏の緋寒桜が揃うだけで竜神を覚醒させられたのだ。  神謡を唱えたら、奇跡だって起こせる気がする。  単純な朱華の考えに呆れながらも、里桜は彼女が持つ生まれながらの才を信じて神を喚ぶ。  竜糸の土地神は水神、竜頭。彼よりも更に上位の神といえば、それはもう、母神しか存在しない。  一か八か……こんなときなら、きっと彼女は降臨する。 「Wakkapo, untemka okai――母なるものよ、愛し子を助けて!」 「Eyukari nw ruwa――緋寒桜よ、それがおぬしの神謡かえ?」  まばゆいばかりの白いひかりが、天空から注ぎこまれ、瘴気に囲われていた黒き空を一掃する。降りつづく竜頭の浄化の雨とともに、はらはらと菊桜の花びらが、降り積もる。 ――通じた! 里桜はふっと意識を飛ばし、その場にくずおれる。 その瞬間、幽鬼に身体を操られていた颯月の手から、炎の剣が抜け落ちた。 「裏緋寒の番人たる逆さ斎に封じられし幽鬼の王……闇鬼となりながらも機会を待ち、裏緋寒を己のモノにするため番人を蝕みふたたび幽鬼となり、この世界に復活した鬼神、か」  笑わせるでない。  天色の瞳が、周囲を見渡し、嘲笑する。裏緋寒にちからを奪われながら何が鬼神だ、と。 「至高神……」  氷辻を依代にしてふだんは現れるはずの女神の声は、別の場所からきこえた。  竜頭と夜澄は顔を見合わせ、困惑の表情を見せる。地面に膝をついていた颯月もその声にびくりと反応し、跳ね起きる。「里桜さま……?」 「妾をこの身に召喚して逢うのは二度目だのう、颯月(そうげつ)よ」 里桜の身体に入り込んだ至高神は、怯える氷辻の前で婉然と微笑み、状況をじっと見守っている朱華に向けて声をかける。「そなたが朱華(あけはな)か。ずいぶんと愉快な恰好をしておるな」 「お初にお目に

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status